わかば1996.7.12

「わかば」とテライのない手で書かれた暖簾をくぐる。白地に染め抜かれているだけである。満席のにぎやかな声を聞くだけで帰らなければならないこともあるし、主人だけが、こざっぱりしたカウンターで一息ついていることもある。
「マスター」と呼ばれる主人は、この横文字の呼称がぴったりするかというと、そうではない。作務衣の主人は禅味をにじませている。その風貌は俗塵を離れた感さえある。いや、俗臭を脱して、なんともいえない俗味がある。
「わかば」で一元の客をみいだすのは難しい。常連客だけだ、と断言していい。鮭が故郷の川に戻るように、客は常連となり暖簾をくぐる。
「わかば」が客を引きつける理由は何か?答えるまでもない。安くて、旨いものを食することができるからである。しかし、ここでさらに問わなければならない。なぜ旨くてかつ安いものを食しうるのかと。それは主人の心意気である。大衆料金のできるかぎりで、美味なるものを御客に供したいと願う誠意である。だから、主人には食材に対する誇りと喜びがある。しかしけっして、客にそれを押し付けはしない。主人は含羞の人である。 主人はあるときは寡黙、またあるときは多弁。喜怒哀楽の情に深い。主人の人柄に惹かれて集う面々は多士済々である。もちろん「わかば」の酒肴にも釣られてくるのは言うまでもない。口角泡を飛ばす政治談議でさえ、最後は和気藹藹のうちに散開となる。来るものは拒まず、去るものは追わずと、主人はいつも自然体である。出会いも良きかな、別れも良きかなの主人である。
by Big Brother
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