なんとも酒の肴考
なんともまたまたまたまた酒の肴考 1999.9.19
=しじみ=

きりぎりす 太宰治 新潮文庫   調子に乗って度を過ごした翌日に待っているのは、二日酔い。
 二日酔いを和らげてくれる手立ての中でも一番の荒療治は迎え酒です。この毒を以って毒を制する方法は体によくないばかりか、それこそアル中街道をひた走ることになりかねません。
 しじみ汁は二日酔いに有効だとされています。しじみの有する成分がアルコールを分解する肝臓にいいというのです。
 二日酔いの特効薬としてでなくとも、微かな泥くささが素朴な味わいとなるしじみ汁はうまいものです。
 しじみ汁と聞くと、いつも決まって思いだされるのが、太宰治の「水仙」です。しじみ汁を飲み、その身をたべる太宰治に短編の主人公が驚くという、場面があります。

     〜前略〜蜆汁がおいしかった。せっせと貝の肉を箸でほじくり出して食べていたら、
    「あら、」夫人は小さい驚きの声を挙げた。「そんなもの食べて、なんともありません?」無心な質問である。
     思わず箸とおわんを取り落としそうだった。この貝は、食べるものではなかったのだ。蜆汁は、ただその汁だけを飲むものらしい。貝は、ダシだ。貧しい者にとっては、この貝の肉だってなかなかおいしいものだが、上流の人たちは、この肉を、たいへん汚いものとして捨てるのだ。なるほど、蜆の肉は、お臍みたいで醜悪だ。〜後略〜(太宰治「水仙」新潮文庫「きりぎりす」より)

 後でこの一節の意味があざやかに反転します。他にも印象的な場面が描かれ、多くの伏線が張りめぐらされています。太宰が短編の名手と謳われるのが納得されます。
 短編は「二十世紀にも、芸術の天才が生きているかもしれぬ」の文章で締めくくられます。この主題は天才の悲劇だとすぐ分かるのですが、描かれている主人公が実在したのかどうかが、読むたびに気になります。私は虚構であり、むしろ作者の分身として、太宰治自身なのだと思っているのですが。
 それにしても、蜆の肉を食べずに捨てる人がいるとは思いもしませんでした。

by BigBrother  

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