ぼくのオンリィ・イエスタディ その32
カレン・カーペンターの死
1999.10.23
カレン・カーペンターがダイエットため死んだというニュースは友人のアパートで知りました。この際初めて拒食症という言葉を聞きましたね。
70年代半ばに洋楽のヒットチャートを独占したカーペンターズは、活動停止状態でした。その理由をぼくは「彼らは兄と妹だけど、結婚したのだ」と聞きました。この噂にはご丁寧にも「アメリカでは(アメリカに限らないと思うのですが)法律上認められていないので、こうしたことが許されているある外国の小さな島で結婚式をあげたのだ」という補足が付けられていました。
その後カレン・カーペンターが結婚したというニュース(もちろんリチャード・カーペンターではありまん)を聞くまで、まったく頭から信じ込んでいました。先の噂をぼくに吹き込んだ人物は「キックの鬼」、沢村忠廃人説もしてくれたのですが、こちらも根も葉もないでしょうね。
それにしても、さほどポップスに興味がないぼくにとって、カーペンターズはこのジャンルの入門の役割をはたしてくれました。いってみればカーペンターズはポップスのおいしいところをちょいちょいと一つの折り箱に詰め込んだようなものでした。
「イエスタディ・ワン・スモア」をはじめとして好きな曲はいっぱいありますね。カーバー曲もぼくは、はながらくカーペンターズの方がオリジナルだと思っていました。「ヘルプ!」「涙の乗車券」(原題はTICKET TO RIDE」)もビートルズより、カーペンターズの方がぼくにとっては馴染み深いですね。
最近カーペンターズの曲がCMなどで結構使われています。カレンの歌声が美しいだけに、彼女の死が痛ましく思いだされてなりません。
by BigBrother
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