ぼくのオンリィ・イエスタディ その40
ノルディックスキー
2000.5.13
1980年代の終わりにぼくは、社会科の臨時講師しとして、新潟県十日町にいました。熱心な講師ではなく、酒ばかり飲んでいました。ウイスキーを週に2本はあけ、週末はウオッカをストレートで浴びるほど飲んでいました。そうそう、津南のまるかの味噌カツは、厚さが5センチほどもある分厚い肉でした。うまかったですね。
部活動では夏はサッカー、冬はノルディックスキーのサポートをしましたが、特に記憶に残るのはこのスキーのほうです。
現在でもそうですが、雪国新潟はその名に反し、毎年わりあいと雪が少ないことが多いのです。と言っても、関東やその他の雪のほとんど降らないところからすれば、驚くほど雪が多いと感じるのでしょうが。
それはともかく、その時は、本当に雪が降らず、豪雪地帯の十日町でさえ、大晦日にも雪がないありさまでした。このため、スキー部は雪を求めて、かなりあちこちへと出かけました。
長野の妙法牧場、奥只見スキー場、上越の妙高山、そして、一番頻繁に行ったのが魚沼スカイラインでした。十日町から魚沼の山並みの頂を走り、津南へと抜ける、眺望の利く道路です。冬期間は雪のため、必然的に閉鎖になるのですが、これ幸いにスキーの練習をしたのです。
道路に積もった雪は、かろうじてコースを切れるほどしかありません。うららかな日差しはともすれば、雪の薄いところを融かし、地面を覗かせていました。
目線よりちょい上にある八海山の山頂は手を伸ばせば、撫で回せるようでした。すぐ下に広がる上越国際スキー場は開店休業のありさまで、スキー場に設置された有線のスピーカーから、ソロ活動をしていた桑田佳祐さんの歌が聞こえてきました。
生徒たちの熱心に練習する様子をみながら、ポケットに忍ばせたスキャットルからウイスキーを時折飲みながら、(もちろん勤務外のときだけ、寒さを和らげるためという理屈をつけていました。それにしてもひどいことはひどいですね)ぼくは疎外感というか遍在感というか、奇妙な感覚を味わっていました。もっとも今でもこの感覚はぼくにつきまとい、ぼくの心をあさっての方向にひっぱってしょうがないのですけれど。
by BigBrother
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