ぼくのオンリィ・イエスタディ その42
連続幼女誘拐殺人事件
2000.7.28
1980年代の終わりに起きた連続幼女誘拐殺人事件は、悪魔崇拝の儀式を行ったとか、犯人が遺体の一部を被害者宅に運んだり、あるいは今田勇子の名前で、犯行動機を綴った手記を送りつけたりと、事件のあまりの異常さに、今一つぼくにはどこか現実味の乏しい出来事のようにも思われました。
もちろん、この事件が現代社会の病理の現われであることは痛感していましたし、犯人の部屋がテレビ画面に映しだされた際に、犯人と同年代のぼくは自分の中のどす黒い欲望を見た思いがしたものです。おそらくぼくと同世代で似たような感慨に襲われた人も少ないないと思うのですが。
現在裁判でどれほど事件の全貌が明らかになったか、僕は知らないのですが、この過程で犯人は多重人格者であるのではということが言われました。すでに外国では多重人格の犯罪例はあったそうですが、もしも被告がそうだとすれば、日本では初めてのケースであるかもしれません。
ところで、自然と思い出されるのが90年代末の神戸の酒鬼薔薇聖斗による連続殺人事件です。二つの事件に対する同世代の反応には大きな相違があるようです。
確かにどちらの世代も、自らのうちに暗い衝動があることは認めています。しかし、連続幼女誘拐殺人事件の方では前に述べたように、自分の中のそうした傾向を否定するか、あるいは否定しないまでも、より安全な形に昇華させ、一般社会に容認されるようにしようと思い、行動したことです。もっとも、ぼくらの世代のことですから、考えこそすれ、行動という面ではほとんど何もしなかったというほうが適切でしょうが。
これに対し酒鬼薔薇聖斗の事件の方では、もちろん、大部分の同世代はこの事件を否定するでしょうが、問題なのは一部に積極的な共感を口にする少年たちの登場です。彼らは酒鬼薔薇聖斗を現代の日本社会への過激な反抗者、あるいはモラルの破壊者として、反社会的な英雄視ををしました。また、その後起きた少年犯罪は模倣犯と行かないまでも、大なり小なり神戸の事件を意識していたことです。
二つの事件に対する同世代の反応がどうしてこのような差を持ったかについては、いろいろな要因がると思います。ぼくが思いつくのは次の二つくらいですが。
まず、二つの世代の質の変化があるでしょう。とにかく10年で社会は変わりましたから。むかつく、切れるという言葉が全く日常語になってしまっている、社会ってやっぱり異常でしょうね。
次に、一方が青年犯罪のため、裁判によって全貌が白日の元にさらされていったのに対し、もう一方が少年犯罪のため、裁判はもちろん、報道にも制限があると言うことです。もしも、神戸の事件があらゆる角度から見られ尽くし、語られ尽くされていれば、おそらく、この事件はずっと平凡で陳腐なものに思われていたことでしょう。もちろん、この事件が現代の社会の深刻な状況を現しているのに何ら変わりないのですけれど。
連続幼女誘拐事件で問題になったことのひとつに、残酷ビデオがあります。この手のビデオの例として、まんが家の日野日出志氏の名がクレジットされたビデオがテレビ画面に流れた時には、「日野日出志氏は、こういうビデオをやってるのか」という感想を抱きました。この事件後業界は自主規制を行ったようですから、現在氏のビデオが手に入るかはわかりませんが。
by BigBrother
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