長岡のプレイスポット=長岡大橋 2000.8.26


長岡大橋のプレート  長岡大橋は市内を流れる信濃川に架かる橋としては、上流から数えて三番目に位置し、また建造の古い順から数えて三番目に建造されました。
長岡大橋の歩道から 長岡大橋の完成は昭和45年だというのですが、その頃に渡った記憶がまったくないのは、あまりに昔で、私の記憶がきれいさっぱり欠落しているからなのでしょうか。
 とにかく、この橋を渡ったのは、早くとも昭和50年代の様な気がします。それも曖昧で、平成元年の拡張工事後に初めて渡ったようにも思えてきます。
 初めての時に橋の脇に描かれている絵を目にして、「こうした絵は長岡ではここが二カ橋近くの土手から所目だな」と思ったように記憶しています。そうなると、この両脇に描かれていた事を考慮すれば、二車線に拡張された後なのか、と思われてくるし、それでも、一車線の頃に渡ったような、また、渡らなかったような記憶が、あるような、また、ないような。
 これというのも、橋の建設がラッシュアワーの長生橋と蔵王橋の渋滞を緩和するため計画されたからで、当時、車の免許もなく、川向へ行く必要も別になかった私に、記憶が全くぼんやりしているのも当然と言えば当然です。橋の新設で渋滞が解消されたかどうかも記憶にありません。
県立近代美術館 現在、橋の西詰め一帯の変貌には目を見張るものがあります。造形大学、県立近代美術館、リリックホール、産業振興センターがあります。道路沿いには、店が立ち並び、にぎやかになりました。
 ゲームセンター、パチンコ店等もあり、文字通りプレイスポットと言っていいかも知れません。もちろん「私の感覚からすれば」ということですが。これからも、道路沿いに開発が進行していきそうです。
フェニックスの由来の書かれたオブジェ フェニックスの街灯1 長岡大橋の街灯はすべてがまったく同じではありません。フェニックスと花火の透かし彫りのプレートが取り付けられているものが数本あります。その他の街灯はこの伝説上の鳥の形に作られています。
フェニックスの街灯2 フェニックスのデザインは長岡市徽章に由来しています。これは市街の8割が焼失し、多くの人々が犠牲になった長岡空襲からの復興を願って、死んで灰となっても何度も再生する火の鳥に思いを託し、徽章のデザインに決定されたのだそうです。

by BigBrother  

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