杉本鉞子「武士の娘」筑摩書房 2000.3.15

「武士の娘」  長岡藩の代々家老職を務めた稲垣家に明治6年に生まれた著者の自伝です。
 長岡藩は幕末から維新にかけ、幕府側に立ちました。ですから、長岡の武士たちは時代の激動の過酷な側面を第一に強烈に経験せざるを得なかったわけです。
 著者がものごころのついた頃の長岡は落ち着きを取り戻していました。しかし、往時の城下町の華やかさは夢のように過ぎ去り、武家の零落はとめようがなかったようです。
 「武士の娘」の著者は代々続いた武家の伝統と教養と防ぎようのない新時代の息吹のなかで、広い視野と豊かな見識を身につけてゆきます。そして、いかにすればほんとうに幸福になれるかを、武士の娘らしく謙譲と忍耐の精神でつつましく、しかし毅然として求めて倦むことがありません。
 この「武士の娘」は故郷での少女時代から結婚のための渡米、そして帰国から再度の渡米までが印象深く描かれています。静かで品位を失わない文章は著者の志操の高さを示しています。
 私はアメリカで生まれた二人の「武士の孫娘」とともに、著者である「武士の娘」が日本の生活のなかでさまざまなことを再確認して行く後半が好きですね。元祖帰国子女の悩みといえるものもあって、興味がそそられます。
 特に、再度の渡米前の親子の故郷への旅は美しく、やさしい情感にあふれています。
 「武士の娘」の優れている点はさまざまあると思いますが、一女性の精神の覚醒、それもびっくりするほど静謐なうちに成し遂げられた覚醒を書きとどめた名著です。
 この著書は英語で書かれたもので、別人による翻訳です。ただし翻訳者の大岩美代子女史の「訳者あとがき」によれば、

     訳出にあたりましては、杉本夫人が手をとらんばかりに導いて下さいました。夫人は御高齢をもおいといなく、前以て送り届けておきました原稿を毎月曜日私と交互に音読してくださり、細々と御教え下さいました。朝早くから掃き清められたお部屋で夫人とこうして勉強しましたことは、私には生涯忘れられない思い出となりましょう。

 ということですから、著者も多いに認めるところの翻訳のようです。
 いずれにせよ、この「武士の娘」は名文で綴られた名著です。


by BigBrother  

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