ぼくのオンリィ・イエスタディ その53
「寺山修司とワイドショー」
2001.6.15
寺山修司1983年5月4日敗血症により永眠。享年47歳。
「寺山修司が短歌だけを残して若死にしたなら、啄木以上の天才とされていただろう」という誰だったかの言葉が印象深く心に残っています。
その当否は別として、これが浮き彫りにするのは寺山修司という人物が一つの枠に収まらない人物だということです。くだんの発言の主は寺山氏の他の活動を才能の浪費とみなしていたように思えます。寺山ファンからすれば見当違いもはなはだしいところでしょうが、私には分からないでもありません。彼のオールラウンド的な活動にはどこか胡散臭さといかがわしさが感じられてなりませんでした。これは寺山氏を貶めるものではありません。むしろ、こうした一面があるからこそ、その作品は魅力を増すのだと思います。ですから、彼がワイドショーを賑わせたのぞき事件も、その評価を下げるというよりも、彼に似つかわしいことにすら思われたものでした。もっとも、御本人がどう思われていたかは分かりませんが。
テレビの男性は口角泡を飛ばす勢いでまくし立てていました。「寺山またお前かっ!」という男の言葉が今でも耳に響くようです。どうやら、寺山氏がのぞきをするために、画面の男性の私有地に忍び込んだのであり、これが初めてではないらしいのでした。
取材の興奮からでしょうか、この男性の方が異常に思えてしまうのは皮肉というしかありません。
この事件に対し寺山氏がワイドショーで引っ張り出されるとか、コメントするとかまったくなかったように記憶しています。これもまた寺山氏に似つかわしいような気がします。
事の真相はもとより私にわかるはずもないのですが、無理解な世人から敵視されバットで追い回される哀れな物書きという構図を私は勝手に描いてしまいました。これがパブロフの犬よろしく、寺山修司と聞くとおびただしく溢れくる連想になってしまっています。
あと私のようなテレビっ子には寺山修司といえば彼自身よりも、彼の形態模写をしていたタモリのことがより強く連想されますね。
「マッチ擦るつかのま海に霧深し見捨つるほどの祖国はありや」寺山修司
by BigBrother
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