植草甚一「ジャズ・エッセイ」全2巻 河出文庫
2001.12.13
「意識の拡大」というフレーズにピンと来る人はそんなにいないだろうし、いたとしてもかなり年配だろう。わざわざ説明しなければならない現状には、いくら唯物主義者のおれとしても一抹の寂しさを覚える。
モダンジャズがインテリ層を中心に熱狂的に支持された時代があったわけだが、その現象を解き明かすキーワードの一つがこの「意識の拡大」であった気がする。
モダンジャズは個人の意識の自由な表現であり、時代を映す鏡、時には時代を動かす梃でさえある。ジャズは音楽以上のものだという確信があったのだ。
ジャズを聞くことは個人的な体験を超えていた。それは今でははやらなくなった「意識の拡大」を意味していた。ジャズは「意識の拡大」の一つのきっかけであった。
気がつけば「意識の拡大」は廃れ、いつのまにか「欲望の拡大」に乗っ取られてしまった。しかも、アメリカ的国家体制により、歴史が最終局面に達したとうい高らかな宣言の中で、安易な現実肯定に堕してゆきそうな昨今だ。すべては過ぎ去り、忘れられていくのはしかたがない。もっとも、それすら思うことさえない。しかし、1950年末から1960年代の植草甚一のジャズのエッセイを読むと、当時の雰囲気を呼吸できる。皮膚感覚のような思いが甦る。
ジャズを聞くのに何が正しい正しくないというわけではなが、ジャズが熱かった時代の声を聞いていると、今のジャズは?と思えてくる。一体どうなってるのだろう?
by BigBrother
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