富所正一さんのことーその1ー 2003.1.15

 冨所正一さんについて、このホームページで幾度か紹介してきました。見附市出身の彼は地方に根ざしたユニークなシンガーソングライターでした。新潟県のみならず、大手のレコード会社も目を止めるほどに認知され始めた頃、突然の死により、その音楽活動は断ち切られてしまいました。1977年、彼が25歳のときでした。
 彼の死は自殺ということになるのでしょうが、自殺というにはあまりに突発的でした。
 その死は地方紙に異例のスペースで掲載されました。今読み返しても、当時抱いた感情が甦ってくると同時に、最近の世の中の出来事が彼の死から経過した26年とはどうだったのかを考えずにいられませんし、これまでの自分自身についてのとりとめない思いが湧き上がってきます。そんな際頭の中で流れるのは、彼の「おめぇまだ春だかや」です。



土着フォークの人気者富所さんが投身三条の信濃川不明に(1977年3月23)

 

一人のフォークを愛する若者が不可解な死を選んだ。彼の作詞作曲による歌は新潟の土のにおいがした。県内はもちろん、名古屋でも長野でも多くの支持者を得た。レコード化の話もあった。「歌のことで悩んでいた」―友人たちは異口同音に語ったが、「なぜ死に急いだのか」と一様に首をかしげた=一部地区既報=。
 若者は見附市野坪、商店勤務の富所正一さん(二五)。二十日午後十時四十分ごろ、三条市大野畑地内の国道8号線三条大橋上で、見附方面から新潟市方面へ向かっていた普通乗用車が、ゆっくりした速度で突然対向車線に入って欄干に衝突した。富所さん運転の車だった。富所さんはその直後、車から下車し欄干を乗り越え、信濃川に飛び込んだ。三条署で二十一日早朝から行方を捜している。
 富所さんは長岡農高を卒業し長岡市の商店に就職。農繁期には父親の農業を手伝うかたわら、フォークソングを作詞作曲。各地の演奏会にもよく招待されて出演していた。
富所さんはこの日、仕事が休みで午後六時ごろから、見附市のスナックにいた。店のマスター(二九)は「三日くらい前から、特に悩んでいたようだった。友人たちと話をしていたが、突然大声を出し、店を飛び出した」と語る。
 富所さんの歌の中で特に「おめぇまだ春だかや」は多くの愛好者がいる。この歌はNHK新潟局のQKリクエストアワーの電波にも乗って、多くのリスナーに愛された。最近、レコード化の話もあったが、本人が以前の歌詞を変えたいからといって、中断していた(同局・千田正穂アナの話)。富所さんは昨年十一月、名古屋での演奏が批評家にも注目され、専門誌からも高い評価を得ている異色のフォーク歌手だった。




フォーク歌手富所さん水死体で発見(同年5月2日)

 

一日午前六時ごろ、三条市荻島地内の信濃川左岸に、若い男の水死体が漂着しているのを通行人が発見、三条署に届け出た。同署の調べにより、運転免許証など所持品から三月二十日夜、死体発見現場の約六`上流の三条大橋から投身自殺を図った見附市野坪、商店員富所正一さん(二五)とわかった。
 同署の調べによると、自殺のはっきりした原因はわからないが、富所さんは三月二十日午後十時四十分ごろ、三条市大野畑地内の国道8号線三条大橋上で普通乗用車を運転中、突然対抗車線に入って欄干に衝突。その直後、車から降りて信濃川に飛び込んだ。同署では、目撃者の話や車のナンバーから、富所さんと断定していた。



by BigBrother