冨所正一さんの不慮の事故の後、友人知人たちの努力で追悼盤がだされました。追悼盤がだされることはNHKFMの番組内でも触れられ、私も予約が募られていることを知りました。このレコードには興味がありましたが、たいした労力でもない予約注文が私にはわずらわしく、購入することはありませんでした。現在私はこのレコードを運良く持っています。レコードを手にしながら、彼の歌を聞いていると、この追悼盤が作られる経緯は具体的にはどうだったかが知りたくなります。最近、このいきさつを記した当時の新聞を目にしましたので、この貴重な資料をここに紹介したいと思います。
〈帰って来るフォークの人気者〉
見附出身の故富所さん音楽仲間が遺作LPづくり資金難、予約で協力を」
(1977年5月30日 県民版)
見附市出身、アマチュア・フォーク・ソングの富所正一さん(二五)がナゾの自殺をし、その死が確認されて一カ月。彼の音楽仲間の間から、遺作をレコード化しようという話がまとまり、実現に向けて活発に動き始めた。内容は代表作「おめぇまが春らかや」はじめ十一曲。いずれも新潟の土のにおいのする富所さんのオリジナルである。発売は九月一日の予定。資金的に十分でないので、一枚二千円で予約を受け付けている。
富所さんは農家の長男に生まれた。長岡農高を卒業後、長岡市の産業廃棄物を扱う商店に勤務するかたわら、フォーク・ソングをつくるなどの音楽活動を続けてきた。方言まる出しの歌はユーモラスだが、一方で痛烈な社会批判とアイロニーが底を流れており、ファンも多かった。今年三月二十日、三条大橋から投身、五月一日、その死が確認された。
「富所君のレコードを作る会」が正式に発足したのは今月二十八日。三年来、フォーク仲間として音楽活動を続けてきた横山作栄さん(二七)=新潟市=を中心に、富所さんの歌の世界に共感する若者二十人が参加している。
仲間にとって、富所さんの投身は衝撃だった。一方で「彼の歌とは何であったのだろう」という関心も同時にわいた。ところが富所さんの録音は数少ない。仲間が持っている曲は、わずか二曲しかなかった。
こうして曲探しが始まる。昨年十一月、名古屋市民芸術劇場の「鬼剣舞とその仲間たち」での、富所さんの演奏が完全な状態で録音されていることを知った。三条市の「オーレックス」での録音会でも数曲が残されていた。これらの中には仲間が初めて聴いた曲もあった。
これら一連の曲を聴いた横山さんはあらためて富所さんの〃偉大さ〃を知ったという。「なぜ富所君の歌があれほど支持されていたのか、やっと理解できるようになった。単なる方言の面白さだけの田舎ソングじゃない。地方に住む人間共通の悩みを彼が代弁していたという気がする。『おれはダメ人間さ』と彼が歌い、それを面白がっていたのに、気がつくと『お前さんもダメ人間なんだヨ』と富所君が天国で笑っているように思えてしょうがないのです」。
この再評価は横山さんだけではなかった。初めて富所さんの歌のよさに気づいた仲間もいた。「若者だけでなくお年寄りにも聴かせたい」という気持ちが強くなりレコード化することになった。
だが、資金的には苦しい。二十人の仲間がかき集めたお金は三十万円。五百枚出すとして、あと五十万円は必要だ。不足分は一枚二千円の予約販売で集めたいという。このため、県内各地の仲間はもとより、県外にも協力者を募るという。「二百五十人の協力があれば、レコード化は実現します。僕らにとってそれは不可能ではない数字だと思うのですが」と横山さんは言う。
一方、富所さんの死が報じられて以来、今もNHK新潟局には彼の歌のリクエストが続き、放送されている。一度も放送したことのないBSNラジオにもリクエストが舞い込んでいるという。
A面には「竹とんぼ」「柿の種」「通信簿」「どもりの男」「農業高校生」「汗と泥の結晶」の六曲。B面には「いなかもの」「とうちゃんのうた」「おめぇまだ春らかや」「私の町」「どじょう取りに行こうや」の五曲である。タイトルは「富所正一の世界 おめぇまだ春らかや」。
早くも予約四百枚富所さんの遺作LP化に(1977年6月13日 県民版)
見附弁まる出しの異色フォーク・ソング「おめぇまだ春らかや」を歌った故富所正一さんの曲を、生前の仲間たちが、LPレコードにしようと活動を始めて十日あまり。予約は早くも目標の二百五十枚を突破、四百枚を超えた。当初予定していた九月一日より大幅にレコード化の実現が早まりそうである。
「富所正一さんのレコードを作る会」が発足したことを本紙が報じたのは先月三十日。この日から横山作栄さん=新潟市=の電話は早朝から鳴りっ放し。この日だけで百五十枚の申し込みがあった。その後も申し込みは相次ぎ、十日現在で四百枚を超えた。
遠くは横浜、富山、埼玉から、県内では富所さんの出身地の見附市からはさすがに多く二十数枚を筆頭に満遍なく申し込みが来ている。若者だけでなく、年配者からの申し込みも多く、横山さんは「富所さんの人気をあらためて知らされた」と語っている。
横山さんは、富所さんの両親にレコード化の許可を得に行ったところ、「正一名義の貯金を使ってほしい」と言われ、断ったものの「万一資金が足りないときはお願いします」と答えていたが、「その心配はまずなくなった」と喜んでいる。
すでにレコード製作については、東京の音楽センターと交渉を開始、ジャケットも新潟市の画家(木下晋氏)が協力してくれることになるなど着々と実現化に動き出している。
〈富所さん! あなたのレコードができました〉
県内外から〃協力〃思い出も一冊にまとめて
(1977年8月29日 家庭欄)
二十五歳で自らの生命を絶った一人の歌好きの若者がいた。恥ずかしがり屋で口ベタ、しかし感受性は鋭かった。農家の長男に生まれ、希望しない高校に進み、小企業で働かなければならなかった。その屈折した気持ちを彼はフォーク・ソングに託した。その歌にはモノマネでない彼の世界があった。農民の歌といってもよい。新潟の土の素朴さと鋭い風刺が同居していた。だから若い世代だけでなく、おじいちゃんにも主婦にも、その歌は愛された。生前の仲間たちが彼の遺作をLPレコードにと、動き始めて三カ月、多くの賛同者を得てついにレコード化が実現した。見附市生まれの富所正一さんの歌はレコード化によって、さらに多くの人に親しまれることになった。
富所さんは昭和二十六年に農家の長男に生まれた。四十二年長岡農高に入学、四十五年卒業。高校在学中は演劇部に属し、ハムに興味を示しギターと出合った。卒業後は出稼ぎなどを経験したのち、長岡市の商店に運転手として勤務、農繁期には農業を手伝った。今年三月投身自殺した。原因は不明。
世代を超え共感呼ぶ
こうした経歴は、自殺したことを除けば農村部出身の青年にはごく普通のものに違いない。違っているとすれば、自分の思いをフォーク・ソングに託して歌い続けたことだった。
口ベタだった。だから思いは内向した。詩は劣等感に悩む富所さん自身の魂の告白であり、同じような境遇の人たちに対する愛情であった。富所さんの歌が世代を問わずに親しまれたのは、こうした劣等感が彼個人のものにとどまらず、雪深い本県に住む人共通の悩みや喜びを代弁してくれたことにあった。
代表作「お前まだ春だかや」は方言まる出しのセリフで始まる。
お前まだ春だかや
人はへぇ秋だてがんに
この歌を聴いた人は土地の言葉にまず親しみを感じた。「人よりも後れている」彼の焦りに新潟県のイメージをダブらせた。しかし「長い道のりを歩いてゆく」粘り強さと「お前まだ生きていたかや」と居直るしたたかさに多くの人が共鳴した。オーバーに言えば県人のための県人の歌が初めて生まれたのだった。
申し込みは九百枚超す
富所さんの死が確認されたのが五月一日。同月二十八日、音楽仲間たちが「レコードを作る会」を発足させた。資金も乏しく予約(一枚二千円)で会員を募った。このニュースが三十日に本紙で紹介されると、その日のうちに百五十枚を超える申し込みがあり、十日目で四百枚を突破。その後も続々と賛同者が現れ、今月末現在で九百十枚(県内七百三十枚、県外百八十枚)と千枚に迫る勢いである。
試作品が完成した。ジャケットは春の野原をイメージした切り絵で(新潟市の画家・木下晋氏が協力)に富所さんの筆跡のタイトル。グリーンと黒のツートーンカラーのすっきりした出来栄え。特筆したいのは「協力」と書かれたゴシック文字の後に「新潟県内各地の本当に多くの人たち、そして県外の多くの人たち…」と記されていることだ。一人のアマチュアの歌が商業ベースではなしに世に出るために、実に多くの人たちの手をわずらわせなければならなかった。LP化の中心になった新潟フォーク・フェスティバルの面々は、この作業を通じ何かを学び取ったに違いない。
全国の県人に届けたい
レコードのほか生前の富所さんを知る者の座談会や富所さんの活躍を報じた本紙記事の転載、幼友達の思い出などが一冊にまとめられている。
「このレコードと小冊子で、ほぼ富所君の全体像が浮かび上がると思います。いま計画しているのは全国の県人会の会長さん宛てにレコードを送って、もっと多くの県人にこの歌を聴いてもらいたいと思っています」―この夏、レコード作りに忙殺された横山作栄さん(二七)は語る。
怖い先生が
がみがみ怒鳴って
ぼくらをしごいた
てめぇらは学生じゃない
これから日本を背負って立つ
大事な 大事な 大事な
大事な 大事な 奴隷
と、自らの劣等感を吐露する一方で、さめた目で自分の立場を見つめていた富所さん。
長ぐつ姿が平気で、新聞紙で鼻をかみ・デートの日はニタニタしながら一時間も相手の来るのを待っていて、バーゲンセールで「もっと安くしろ」と値切る人―、それを「いなかもの」と定義して、それでも「あーあー、だれにも気兼ねのいらない自由な生き方をすること、それはいなかもの」と居直っている富所さん。
富所さん! 今あなたは天国でじぶんのレコードが完成したことを、どう思っておいでですか?
by BigBrother
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