「失われた時を求めて〜(長岡版)」 1997.4.30
1:長崎屋
       長崎屋がとうとう体されました。 閉店はしていましたが、しばらく一部の店舗では営業が行なわれていましたので、今一つ「店じまい」という言葉がピンときませんでした。実はブラザーから聞いて、初めて耳にした次第です。私にとってなにかと思い出のある建物でした。 長岡に住みはじめてから20年近く過ぎましたが、いくつかの物が失われました。今回の長崎屋もその一つです。長崎屋は小学生の遠足でやってきたことがあります。スカレーターをはじめてみたように記憶しています。
       長崎屋で最も心に残っているのは、ュースの自動販売機です。3階か、4階かの駅前のロータリーが見下ろせる窓の端に置かれていました。販売されているのはオレンジジュースきりです。もちろん折り紙付きの無果汁でした。10円は安すぎるような気もしますが、せいぜい30円ではなかったかと思います。この販売機は現在の販売機のような缶ジュースのタイプではありません。ジュースを呑みたい人自ら備えつきのコップをセットするような、きわめてオールドファッションのものでした。この自動販売機の頭部にあたるところには透明の半球がありました。それがロボットをどことなく連想させました。しいて上げればターウオーズの人間タイプでないほうだといえます。この半球の内部では絶えずオレンジジュースが噴水のように吹き上げられていて、透明半球の内側を伝わって流れていました。これになにかしら心を惹かれ、幾度か硬貨を財布からとりだしたことを思いだします。長崎屋が閉店して以降、この販売機はどうなったのでしょうか?そもそもこうしたタイプは現在あるのでしょうか?


2:河川敷
       濃川の川辺りの遊歩道は素晴らしく整備されて、ややゴミがちらかっているということを除けば絶好の散策コースなのですが、以前の鬱蒼とした木々が生い茂っていたことを知る者にとっては、あまりに様変わりして寒々とした印象さえ感じてしまうのです。
      41 43  中でも寂しいのは幾つかあった日月湖がまったく姿を消してしまったことです。今はどうか知りませんが、かって地理の教科書には三日月湖の成り立ちがかならず記載されていました。長岡の河川敷にはかなり大きなものが幾つかあったのでした。
       私はこのうちの一つに友人と釣にでかけたことがあります。池の魚を釣り上げようというもくろみでした。つれる気配がまったくなく、結局坊主でした。澄んだ水の中を原始の姿を残す雷魚がゆうゆうと泳いでいました。現在雷魚の生息している湖沼はあるのでしょうか?
       ところで雷魚は用となるそうです。淡白でから揚げにすると旨いと聞いたことありますが、いまだに食したことはありません。




3:ザリガニ釣
       供の遊びにテレビゲームが定着して久しくなります。昨今の爆発的な「たまごっち」ブームは電脳世代にも馴れていた批評家たちに久々にあらさがしの種を蒔くほどの社会現象でした。曰く、「今の世代は命の尊さを知らない」等々。その当否はさておいて今の子供が自然に触れあう遊びをしたくてもなかなか困難となっています。昨年流行したートキャンプは自然を単に切り売りしただけの、他の商品とたいして差がなく、それでも少しはましであるに過ぎない代物です。
       以前子供たちが目を輝かして熱中していた遊びに、リガニ釣がありました。 用水路 たんぼ 近頃は農業用水路の整備でザリガニの数もめっきり減りましたが、かってはで固められただけの用水路の至るところにザリガニの掘った穴があいていました。その口許にヒモにゆわえたルメを垂らしていたものです。ザリガニを釣り上げることのできた子供たちの生き生きとしたはしゃぎぶりはこちらがうれしくなるものでした。いまでも子供たちの姿を見かけますが、ザリガニにかっての気が失われたように、黒山の人だかりとあの熱狂ぶりは遠いものとなってしまいました。


4:地下道
       長岡駅の地下駐輪場は以前は口と長岡駅西口をむすぶ貴重な地下通路でした。 駐輪場入口 この地下道には数軒の店舗が店を開いていました。居酒屋、食堂、古道具屋、ペットショップ、花屋、などがありました。ペットショップにはオンテトラやエンゼルフィッシュなどの美しい熱帯魚が夢の中の出来事のように泳いでいました。 駐輪場 夏はひんやりとしていましたし、冬は店舗から発するぬくみが伝わってきました。現在の駐輪場の壮観な景観はあの頃の間くさい地下道をしみじみと思い起こさせます。


5:大光相互美術館
      050124      商工会議所
       現在の工会議所が大光相互美術館でした。 この美術館は今はありません。そこに至った経緯はここでは述べませんが、この美術館を岡の誇りと感じていた人々にはおそらく残念なことであったでしょう。高校の頃、数学の担任にぜひ一度見に行くように薦められたことがあります。この美術館の蒐蔵品は現代美術が中心でした。蒐集の当時は現在から比較してではあるのでしょうが、多くの作品の評価はさほど高くなく、割合と安く(もとより庶民の手の届くものではないでしょうが)蒐集できた、と聞いています。作品の蒐集にあたった学芸員は相当に優秀な人物だそうです。かっての蒐蔵品の多くは現在長岡にある潟県立美術館でみることができます。しかし、当時の一級品の数々が全国に売られて行きました。この美術館のこけらおとしの展覧会が大光相互蒐蔵展として開催され、当時の様子の一端を知ることができたのは幸いでした。商工会議所は当時のままです。この外観は高名な芸術家の手による巨大なオブジェで飾られています。
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 以上が今は失われてしまった長岡の風物の幾つかです。皆さんも思い出に残るものがあったら御知らせ下さい。

by BigBrother


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