「詩人西脇順三郎」
1997.6.15
西脇順三郎という方をご存知でしょうか?1894年に生まれた新潟県小千谷市出身の詩人です。1982年に亡くなられました。
私が初めて西脇順三郎を知ったのは、出身校の校歌の作詞者としてでした。新潟県立長岡大手高校はもと女子高でしたが、私が入学する3年前に男女共学の決定がなされました。私は共学になってからの三回生ということになります。私が入学したすぐの頃まだ前の校歌「朝の光に咲き匂う〜」を歌っていました。その後ほどなく新しい校歌に替りました。この校歌の作詞者が西脇順三郎氏でした。ちなみに三善晃氏が作曲を担当しています。後で述べる式典において三善氏直々の指揮で生徒の7、8人の代表が、歌いましたが、練習したとはいえなにぶん素人のことですので音程がまちがっていたらしく、三善氏はステージ上で2、3回手直しをさせました。「芸術家というのは気難しいものだなあ」とややあきれぎみに感心しました。その後本高出身のソプラの歌手の中沢桂さん(だったかな)が会場を崩さんばかりに歌い上げました。
それは、1979年の新しい校歌のお広め式でのことでした。この式典には、今から考えるとちょっと驚きですが、西脇順三郎氏、先の三善晃氏が来賓として招かれ、実際に来席したのです。西脇順三郎氏は私たち生徒の前で、自分の作詞した校歌について感想めいたことを話されました。校歌を依頼されて作詞したのは初めてのことや自分の選んだ言葉について、やや取り留めない話しぶりで語られたのを覚えています。ステージに登り降りするのが大儀そうでした。その時は「かなりの高齢だなあ」という印象を抱いただけでした。
後に幾つかの詩を目にし、とくに「旅人かへらず」には感心しました。長大な山水画を眺めているような気分になったものでした。一時期俳句に凝っていた頃に読んだ筑摩叢書の「詩学」は、一応創作に携わっていたつもりの私には大いに興味をひかれたものでした。
1
旅人は待てよ
このかすかな泉に
舌を濡らす前に
考えよ人生の旅人
汝もまた岩間からしみ出た
水霊にすぎない
この考える水も永劫には流れない
ああかけすが鳴いてやかましい(〜略〜)
41
永劫の根に触れ
心の鶉の鳴く
野ばらの乱れ咲く野末
砧の音する村
樵路の横ぎる里
白壁のくずるる町を過ぎ
路傍の寺に立寄り
蔓荼羅の織物を拝み
枯れ枝の山のくずれを越え
水茎の長く映る渡しをわたり
草の実のさがる薮を通り
幻影の人は去る
永劫の旅人は帰らず
新潮文庫「西脇順三郎詩集」より
当時の在校生に配布された印刷物
表紙と裏
開いたところ
by BigBrother
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