「こりずにまたまたまたまたまた酒の肴考」
1997.8.5
太宰治の「櫻桃」では、さくらんぼを「まずそうに」食べる有名な件がでてきます。この「まずそうに」はもちろん文学的レトリックで、実際のさくらんぼは極めて美味なわけです。
「櫻桃」ではさくらんぼが酒の肴としてだされたのか、酒の後の口直しのためにだされたのかは今一つはっきりしませんが、私としてはおそらく後者の方ではないかと思っています。
くだものを酒の肴にして一杯というのはあまり聞かないことですし、酒とくだものの取り合せはしっくりこない気もしますが、くだものをつまみながらグラスを傾けられる酒があります。それはくだものと極めて相性の良いワインです。フルーツポンチにワインを使うとぐっと風味が増すのは周知のことです。
私が飲むワインですから、むろんごく安いワインです。赤ワインよりも、ロゼや白ワインの方がいいですね。
冷たいワインに、これまたよく冷えたくだものを用意しておけばもう言うことないですね。季節がら桃がでまわりはじめました。桃の濃厚な味わいと豊かな食感にはたゆまざる品種改良の成果が実感されます。まったく別名の水蜜桃がぴったりします。葡萄もワインには良く合います。大粒で糖度の高い巨峰は申し分がありません。桃にしろ葡萄にしろ、いずれにせよ、くだものの甘みは適度な酸味があるさっぱりしたワインに良く合います。
夕立が過ぎて、涼しい夏の夜となりました。それでは久しぶりに太宰治の小説を読みながら、ゆっくり酔いに沈むことにしましょうか
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子供より親が大事、と思ひたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
櫻桃がでた。
私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、櫻桃など見たことも無いかも知れない。食べさせたら、よろこぶだらう。蔓を絲でつないで、首にかけると、櫻桃は珊瑚の首飾のやうに見えるだらう。
しかし、父は、大胆に盛られた、櫻桃を、極めてまづさうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、さうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
太宰治の「櫻桃」より
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by BigBrother
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