「ファンク・ダンプリング/ザ・ペリー・ロビンソン・カルテット」 1997.9.27

CD ザ・ペリー・ロビンソン4  「長岡アジア映画祭」で上映された「太陽の少年」は、正攻法の手法で迫る作品で、中国の文化大革命下の不良少年の多感な青春がテーマです。中国は1949年に社会主義に基づく国家を建国して以来現在超大国として、その体制を維持している唯一の社会主義国家ですから、そこで暮す人々を特別視しまいがちですが、スクリーンに映しだされる主人公の青春期の激しく振幅する心情は普遍的な共感をもって見ることができます。
 「太陽の少年」には抑制の効いた厭味になっていない風刺がふんだんにちりばめられています。それと同時に決して映像は即物的ではなく、過剰に寓意を込められているように見受けられます。これが最も端的に受け手に示されるのが、主人公の誕生日の場面です。ここにおいて、わざわざ本来一つしかない事実にたいして、2通りの映像を見せます。こうした仕掛けがこの映画にはかなり多いように思われます。そしてさりげなくそれは映画の中に紛れ込まされているようです。そう考えると、この「太陽の少年」は決して地味な作品ではなく、かなり贅を尽くし、凝りに凝った映画ということになるでしょう。
 例えば最初この少年が、他人の留守宅へ鍵を開けて入るスリルを味わうというとんでもないことを繰り返す場面がでてきます。これもなにかしらの風刺と寓意を表わしているようにも思えます。一つの解釈としては人間性の真の解放であるべき社会主義国家において、秘密が存在することで風刺をしているのだともとれます。
 印象的なの場面は他にもあります。それは野外で映画が上映されている場面です。この上映は社会主義のプロパガンダのための映画ですが、映画が映しだされるスクリーンは木の間に張られた大きな一枚の白い布です。この映像が映しだされている布をカメラは裏からも映すのです。これも寓意が込められているように思われました。またこの映画中の上映にたいして、同時に屋内で一部の有力者たちだけが見ている映画の場面が登場します。この映画は女性の裸もでてくる娯楽作品ですが、有力者たちの少年少女がこっそり隠れて見ていることが分かると、それまで楽しんでいたはずなのに、突然有力者の一人がこの映画を不適切だとして上映禁止を叫ぶのです。これは明らかに風刺です。ただ前にも言ったように、それはあからさまではありませんし、かえって微笑を誘うよう表現されています。
 主人公をふくめた少年たちがロシア民謡を歌う場面にもおそらくは、二重に意味が掛けられているように思われます。なぜかと言えば、60年代初期から中ソは次第に対立しはじめ、1969年についに武力衝突が起きてしまうからです。そう考えると、文化大革命時代にロシア民謡を歌うということもたんなる一つの行為に過ぎないのだとは思えなくなります。
 このロシア民謡がジャズメンによって演奏されています。曲名はムーン・オーバー・モスコーです。これは「ファンク・ダンプリング/ザ・ペリー・ロビンソン・カルテット」の一曲目として収録されています。素晴らしくて、忘れがたい演奏です。リーダーのペリー・ロビンソンのクラリネットが民謡の哀愁を実にうまく捉らえています。その上、ジャズの味わいを加えていて、一聴しただけで、その印象は深く心に刻まれます。お薦めの一枚です。

by BigBrother

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