長岡のプレイスポット=その5「如是蔵博物館」
1997.10.29
「如是蔵博物館」をご存知でしょうか?山本五十六記念館と並んで案外知られていないかもしれません。それは長岡駅の裏手にこじんまりと建っています。
道順は次の通りです。長岡駅東口を背にして、ダイエーの角を左手の方にまがり、ホテルオオクラを右にして歩き続け、左手の駐車場からの車に注意して、細くなった道路をそのまましばらく行くと、鬱蒼たる木立の一画が現れます。すぐ左手に「如是蔵博物館」と記された標柱が目を引くことでしょう。この敷地の奥にめざす博物館があります。
実を言えば、私自身ここに博物館があることを最近になるまで知りませんでした。例の標柱もつい最近になって建てられたようにも思います。ここを通るたびに、欅の巨木に感心していたに過ぎません。
博物館があると分かってから、どのような展示品があるのか知りたくて、春以来何度か足を運びましたが、私の来る時にはいつも鍵がかかっているので、てっきりこれは「開かずの博物館」だと思っていました。久しぶりに訪れのは、朝からのすがすがしい秋晴れに誘われたように、ここを思いだしたからでした。
立ち並ぶ木立の下には落葉がおびただしく散り敷いていました。今日も閉っているだろうと思いつつ足を踏み入れると、敷地の中央部では数名の人々がゲートボールに興じていました。
この傍らを過ぎて博物館に近づくと、落葉を掃き清めていた年配の婦人が、「博物館をご覧になりますか?」と問い掛けてきました。こちらが「そうです」と答えると、ポケットから鍵をとりだして、開かずの博物館がついに開門することとなりました。
「収蔵品は3階にわたって展示されています」という言葉を聞きながら、やっと入れたこの建物内をもの珍しく見渡しました。
「如是蔵博物館」は標柱近くの案内板に記されているように野本互尊翁を記念して、昭和11年に建立されたということだそうです。郷土の教育・文化に尽力されたということだそうですが、博物館内にはこの人物を知るこれといった表示はなく、別に売っている小冊子には記載されていたかも知れませんが、わずか200円を惜しんで購入しませんでした。
博物館の1階がこの野本互尊翁関連の資料が展示されています。向学の志に燃えて、学者や識者と交際し、自らも仏教の造詣が深かったということで、7体ほどの仏像が展示されています。
2階は山本五十六関連の資料が展示されていました。こちらの方は年表が用意されていたり、講演の録音がテープで聞けるようになっていたりと、ぐっと扱いがよいようです。展示品の中でももっとも興味深かったのは山本五十六の義指です。これは彼が日露戦争の際に、砲弾の爆破による怪我で失った指をカバーするためのものだそうです。
3階には長岡ゆかりの人物に関係した資料が展示されています。何といっても目を引いたのは河井継之介の書と病翁こと小林虎三郎の書でした。また山県有朋が長岡を訪れた際の書が2点ありましたが、1点は傷みが激しく所々ぼろぼろになっていました。
ただでさえ博物館には時間の流れがゆるやかとなるものですが、この「如是蔵博物館」内ではまったく不思議な感覚を覚えました。私が1階の展示品を再度じっくり眺めていると、2階から山本五十六の肉声が響いてきました。私の後からやってきた方が録音テープを再生しているようです。記帳の住所には福島とありました。まったく物好きな人物です。
戸外にでると30分ほど前まで晴れ渡っていた秋の空はすっかり雨雲に覆われ、雨があたりはじめました。浦島太郎の気分をも味わえた「如是蔵博物館」でした。
by BigBrother
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