「それでもまた酒の肴考」
1997.12.15
年配の方に夜の新潟古町へと案内して貰いました。数年前のことです。ネオン街のビルとビルの迷路のような路地を奥へと入り込むと、蜜バチの巣を連想させる呑み屋が軒を連ねていました。その時感じたのは、「どの店も一人では暖簾をくぐるのに、それなりの踏ん切りがいるだろうなあ」ということでした。予想していた通りの鰻の寝床です。念入りに清掃された年月を経た店内は、かえってこざっぱりとしていました。つきだしの海老のつくねの煮物がうまく、古くからの馴染みが多いのが納得されました。
女手一本で切り盛りしてきただけあって、絶妙な客あしらいのおかみと馴染みのとのやり取りはきっぱりとしていました。しばらく呑んでいると、ギターを抱えた流しの方が一礼の後入ってきました。流しを見たのは初めてでしたし、その頃すでにカラオケはディスク・システムへとかわり、日本のみならず全世界へ浸透していました。すなわち全盛期だったわけです。まさか流しの方々がいようなどとは思いもよりませんでした。
おかみも馴染みも心得たもので、すんなりと受け入れました。客の一人が流しからくたびれた歌詞カードを受け取りました。大きさははがきの2倍ほどです。味のあるギターの伴奏と共に、歌が始まりました。
その後夜の長岡で流しの姿を見かけました。私は新潟の流しの方と同一人物だと思ったのですが、もしかすると違っているかもしれません。弟も1度長岡で流しにであったといいます。現在のカラオケは音響も向上していますから、流しのギターで歌うのは、地味すぎるかもしれません。ですが、流しは歌う人のテンポとキーにあわせてくれますし、私にはかえって贅沢な楽しみのような気がします。ただ、その伴奏で歌うのは私はなんとなく気恥ずかしくてできませんが。
なつめろがしみじみしたギターとともに馴染み客の間に響くと、安らぎすら感じました。今となっては、あの時話のネタにぜひ一曲歌っておけばよかったと思います。

ギターだったらこの一枚
弟のコメント:8年程前、柿川沿いにある飲み屋で一度だけ見かけました。そこには既にレーザーディスクのカラオケがあり、用が無いのを確認すると静かに出ていきました。
by BigBrother
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