西村繁男「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」幻冬舎文庫 1998.1.6

 幻冬舎が後発の出版社として文庫の世界に参入したことから、「文庫戦争勃発!」と話題になりました。そうした幻冬舎文庫の一冊です。
 この著書が有するであろう政治的な意図について、もちろんそれはここでは触れませんが、念頭に置くことは必要だと思います。そうした色彩の濃い記述を慎重に考慮すれば、興味深い数々のエピソードに満ちた著書です。
 さてこの著書はいわゆる著者の自分史である一方、少年ジャンプの創刊から、その発行部数がギネスブックに載るほどのばけもの雑誌へと成長し、その後人気と部数の凋落を示し、さらにはライバル誌の少年マガジンに追い越されるという一連の経緯を分かりやすく描いたものです。
 いろいろ教えられるところの多い著書ですが、週刊ジャンプが面白くなくなった理由の大半を、著者は若菜体制下の人事移動によって、有能編集者の育成が不可能になった点に置いています。確かにそれは理由の一因でしょうが、主要だとは思えません。これについて私はこの文庫の解説者の次の指摘の方へ同意します。

       しかし、どうして90年代に入って急に面白くなくなったのだろう。60年代初期の草創期、70年代のマンガ黄金時代、80年代のマネーメイキングの反動(?)、それももちろん理由の一つにはなるだろう。〜略〜。それが80年代からのマンガ家専属制度を超えるマネーメイキング方式が進みすぎてしまい、読者の最大公約数的な要望に合せすぎて、ある種の共通一次的なマニュアルの陥穽にマンガも落ち込んでしまったのではないか。だから独自のユニークなマンガは、掲載される前から内容の変更を余儀なくされ、無難なマンガしか雑誌に載らなくなる読者アンケートの100パーセント盲信が、逆にマンガ家それぞれの独自の個性を消してしまったともいえるだろうか。と同時に、編集者と読者も、それと同じ考え(数字だけを信用する傾向)になってしまったからではないのか。

 つまり、少年ジャンプの凋落は、かっては発行部数増大の一因ともなった草創期からのアンケートシステム自体に潜んでいたことになります。このことは「コブラ」の作者寺沢武一にたいする著者の次の評で図らずも露呈されます。

       五十三年の四十五号から連載を開始した「コブラ」は、わたしの趣味の領域だったかも知れないが、マニア的な固定ファンのつく漫画ではあった。寺沢は服装からインテリアまで黒にこだわる頑なな性格で、絵にも完璧なものを求めるため、なかなかアシスタントが育たなかった。
       そのため執筆がスムーズに進まず、せっかく人気が上昇してきても長期の連載ができなかった。非常に効率の悪い漫画家で、描きだめしては連載し、中断してまた描きためる、そのくり返しで、「コブラ」は約七年かけて百五十七回分の執筆をしたことになる。普通の漫画家なら三年連載の原稿量である。ただコミックスとして単行本にまとめると、息の長い売れ行きをしめす実力は持っている。

 私は少年ジャンプの凋落は従来の長所であったシステムが逆作用したことにあると思います。それでも現在4百万部を越す発行数なのですから、それでも驚異的なことですし、「るろうに剣心」などの人気マンガを連載しているのですから、たいしたものだと思います。
 それより「少年ジャンプ」の作品で気になるのは連載が終わった後の完成されたマンガ作品として見た場合、その作品世界のあまりの不整合さです。たしかに連載中は面白いのですが、単行本化され、初期の頃と長期連載へとなった頃とを比べると、話や作品世界がまったく別ものになってしまっており、本来ならその作品はそこで終わるべきで、新しい作品として別に立ち上げるべきではなかったのかという印象を抱いてしまうのです。そうした作品はかなり多く、「ドラゴンボール」や「ジョジョの奇妙な冒険」や「幽遊白書」などは一つの作品世界としては、あきらかに破綻をきたした拙い作品だと言わざるを得ません。
 とにかく「少年ジャンプ」については解説者が指摘するように、まだまだ語られるべきことが多く残されていることでしょう。これを機会にさらなる裏面史が明らかにされることを期待したいですね。

by BigBrother

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