ぼくのオンリィ・イエスタディ「80年代思いだすままに」 その8
ロス疑惑 1998.2.22

 週刊文春が「疑惑の銃弾」というキャンペーンを張りだすや、この文春の編集長がしばしばテレビに出演するようになりました。特にこの人物は深夜番組にしばしば登場し、文春の宣伝を兼ねた取材の成果を披露してくれました。大きくウエーブした長髪と青白くぽってりのしもぶくれの顔で、他のテレビ司会者より一段か細い調子語る様は、編集長というよりも文学青年くずれといった感じでした。ラフなセーター姿で、憂欝そうというか神経質そうなというか、そんな眼差なのも、ますます肩書の付くようには見えませんでした。しかし、この人物の語る内容はまさに「事実は小説よりも奇なり」でした。
 当時のマスメディアの過剰報道ぶりのひどさは、今から思えば、事ここに極まれりの感がありました。「あのNHKでさえ三面記事的な報道をした!」と言われたように記憶しています。その後たびたび反省されることになった、リーク情報の無批判な報道、個人のプライバシーの行き過ぎた取材と報道、敢えて憶測を抱かせ、誘導する記事内容などがあったように思います。こうしたことに関して「受け手側も反省すべきだ!」ということがしばしば言われます。ですがふだんマスメディアが自らの使命と責任を高らかに公言していることからすれば、件の弁解はいかがなものでしょうか?またそのようにマスメディアを擁護する人は、私にすれば、だっだ子を甘やかす親馬鹿の醜態にしか見えませんけれども。また、ワイド・ショーだから許されるとも言えないでしょう。
 疑惑の渦中の人物、M氏をめぐって多くの事が語られました。この人物の生い立ち、その過程で、宝塚出のさる大女優と何らかの関係があるという風聞などさまざまです。
未遂に終わりましたが、殺人を依頼したという女性も出現しました。この女性は日活のポルノ女優のオーディションを受けており、その際のトップレスの姿も放映されました。
 果てはM氏がSMパーティに参加している写真がテレビで放映されるなんて事もありました。ただこの人物自身もマスコミに騒がれることは満更いやではないらしく、返ってうまく利用していたようです。逮捕によって中断されることになるM氏による連載小説がある雑誌に登場さえしました。その後同誌には、逮捕されるに至る1週間までの彼の様子を伝えた沢木耕太郎氏による長文の報告が掲載されました。現在の犯罪に限らず、人々の言動の多くが、マスコミ報道を大いに意識して、それどころかかえって積極的にそうした言動の一部を露出させている状況にも通じているような気がします。
 Xデーが期待を込めてマスコミの口から語られたことも、マスコミによる犯人捜しと同様に、やってはいけなかったことではないでしょうか?当時の私はそんなことは露ほども考えはせませんでしたが。
 Xデーが実際に起こった異常さを駄文を綴っているうちに思いだしました。これは真夜中に、どこかのTV局で緊急生中継されました。この事態もただ事ではありませんね。私は同じ学生アパートの友人の部屋でテレビをそこに集まっていたみんなと一緒に見入っていました。テレビはごった返す報道陣の狂態を伝えていました。中継車の屋根からカメラを回す人の姿もありました。
 1985年9月11日の深夜、新潟市はまだ暑さの残る夜でした。

by BigBrother

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