ぼくのオンリィ・イエスタディ「80年代思いだすままに」 その16
ボートピープル
1998.4.10
今の時期の肌寒さを花冷えという言葉でいってみても、やっぱり寒いのは勘弁してほしいものです。いい日和になったと喜んでいると、時には初夏並みの暑さになって、体調が狂ってしまう始末。「これまたどうもね」なんてことになります。
この前も気温は昼からぐんぐん上がって、夕暮も暖かいままでした。薄暗がりの向こうから白っぽいスキー帽をかぶっている人影が近づいてきます。「暑くないかな?」と思っていると、短髪を銀色に染めた若者でした。
近頃の若者のファッションの奇抜なことといったら、到底おじさんの理解を超えています。日焼けサロン、ピアス、ロンゲ、茶髪、などなど。それでも見慣れましたね。習慣というものは恐ろしいものです。
シャツをズボンの外側にだしている若者のファッションにも、最初は大いに違和感を覚えました。最近は慣れましたが 、それでも「シャツがはみでていますよ」と心の中でつぶやいてしまいます。
上着の下からシャツがのぞくファッションがいつから始まったのか分かりませんが、そうした若者たちの姿を見るたびに、大学の友人が「難民ルック」だといって、シャツの裾をズボンからわざとだして着ていたことを思いだします。1982年のことです。
1970年代の終わりから1980年代の始めにかけて、東南アジアから政治的、経済的な理由から故国を脱出する人々のニュースが盛んに報道されました。筏に毛の生えたような粗末な船に乗れるだけ乗り込んだ人々の映像をテレビ画面で目にしました。後にボートピープルと名付けられた人々は、一様にシャツの裾を腰の中ほどにだしたままでした。
当時難民のニュースを見て、「日本は平和で豊かなんだろうなあ」と思いました。心から実感していたわけではありませんでしたが。
例の若い人の服装を見ると、このボートピープルのことが連想されて、何とも感慨深くなります。
by BigBrother
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