ちばてつや「ちばてつや短編集1・2・3」講談社
1998.4.30
ちばてつや氏の代表作は?私は迷ったあげく「あしたのジョー」と答えます。石田国松の活躍が痛快な「ハリスの旋風」、少年プロゴルファー向太陽の手に汗にぎる活躍の「あした天気になあれ」など多くの作品のある中で、「あしたのジョー」を挙げるのは、確かにこれが当時社会現象になったということもありますが、いまだに感動を覚えずにはいられないという点にあります。
それでも「あしたのジョー」を代表作とするのを躊躇させるのは、作品が作者から独立しているということにあります。それは「いったん作品として成立した以上は作者の手を離れ、読者のものとなる」ということではありません。
「あしたのジョー」にはあの有名な梶原一騎氏が原作者として名を連ねていますが、多くの人々が指摘するように、この作品はちばてつや氏のものでも梶原一騎氏のものでもありながら、そのどちらのものでもありません。両者の葛藤と格闘が生みだした別次元に属する生き物ともいえます。その意味でこの「あしたのジョー」は作品として独立しているというのです。
しかし、迷った末にやっぱり「あしたのジョー」を代表作としてしまいます。それほど、主人公矢吹丈をはじめとした登場人物の圧倒的な存在感は、いまだに失われていないからです。
ちばてつや氏はこの「あしたのジョー」をはじめ多くの力作長編を送りだしていますから、長編にこそ代表作が見いだされるという意見は、衆目の一致するところでしょう。ですが、短編にもすばらしい手腕を発揮しています。あえて言えば、ちばてつや氏は長編を描かずに、短編作家であったとしてもなんらその評価に影響のないまんが家だと思うのです。
それは私が、ちばてつや氏のすばらしい点は登場人物の心の機微をあますところなく描くところに存している、と思っているからです。さらにちばてつや氏も登場人物の心情を描き切るという目標をもっているのではないかと思うのです。そしてその心情は「含羞ある優しさ」に集約されるのではないかと私は考えています。
この短編集はどの作品にも、登場人物たちによる激しくも繊細な心の通い合いが読み取れます。なかでも好きなのは、矢吹丈のようなヒロインが魅力的な「蛍三七子」、自伝的作品の「屋根うらの絵本かき」、石田国松ばりの少女が活躍する「ジャンボ・リコ」、風刺の効いたファンタジーの「あるインクの話」です。「蛍三七子」と「ジャンボ・リコ」をのぞく他の二編は最近雑誌に再録されたので、目にした方も多いのではないでしょうか。
ただこの短編集自体は現在入手困難かと思いますが、集英社のちばてつや全集には収録されていると思います。ぜひ一読することをお薦めします。
by BigBrother
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