ぼくのオンリィ・イエスタディ「80年代思いだすままに」 その18
幽霊
1998.5.6
1980年代の後半、むしろ昭和の終わりと言った方がピーンとくるのですが、ぼくはある中学校で講師を2年間勤めました。病気療養の先生のピンチヒッターでした。
この学校は敗戦後すぐの建造物で、50年ほど経っていました。木造建築はかなりもつと聞くのですが、校舎は思いの外ガタがきていました。すでに新校舎の建築が決っており、近いうちに取り壊される予定でした。
今でもあざやかにさまざまなことが思い出されます。変わった体験もし、もの珍しい話も聞きました。烏から挨拶をされたこともその一つです。烏が物真似をするのはめずらしくはないそうですが、実際に目にしたのは初めてでした。
そんななかでも幽霊の話は今でも納得も説明すらもできません。
ここにはその当時でさえめずらしくなっていた泊まり込みの警備員さんがいました。二名が一日交替で定時に放課後から翌朝まで、校内を巡回するのです。ぼくはそのうちの一人と仲良くなりました。その人は特攻隊で訓練を積んだ腹の据わった人物でした。
ぼくの耳にはこの学校にまつわる幽霊の話が次第に入ってきました。はじめは学校によくある暇つぶしのうわさばなしのたぐいに思っていたのですが、これがどうしてなかなかのものでした。
ぼくが聞いた範囲ではこの幽霊騒動の一部始終は次のようです。
まず、二人の警備員さんのそれぞれが不思議な体験をしたというのです。警備員さんの部屋は廊下に面しており、そこの引き戸から出入りするようになっていました。採光は悪く、廊下の方から明かりを取り入れるため、二枚の引き戸の上部の3分は曇りガラスでした。
夜中ふと気づくと、ガラス戸越しに部屋をじっと覗き込む姿があったというのです。後から思い返すとまったく不思議なのは、曇りガラスなのに姿がくっきりと写っていたことだというのです。目が異様に光っていたことや服の柄がはっきり見えたのだそうです。一回だけとか、警備員の一人だけの体験だったら気のせいとか、物好きな誰かのいたずらので片付けられるのですが、それは2、3度となく起きました。
ぼくと仲良くなった警備員さんは一度目は二人、老婆と若い女で、二度目は子ども一人だったといいます。
警備員さんたちははじめまったく信じられなかったそうです。二人ともそれぞれが自分が見たことを黙っていました。そもそも両者が顔を合せるのは、土曜日と日曜日の交替の時だけで、頻繁に話をする機会もなかったのです。それでもどちらからともなく、冗談めかして件のことに言及すると、「おまえもか!」ということで、二人ともあらためて背筋がぞっとするのを覚えたそうです。
二人はまずこのことを迷った末に教頭に報告することにしました。教頭はくれぐれも二人に口外しないように依頼しましたが、どういう訳か、その後またたくまに教員はもちろん、生徒にまで知れわたったといいます。
この幽霊話が広まり切った後、殺しても死にそうもなかった警備員の一人が急死しました。ぼくと仲良くなった警備員さんも脳溢血で倒れ、危うく九死に一生を得ることとなりました。術後の経過は良好で半年もたたずに退院でき復帰できたのですが。
その後教員のほとんどが大なり小なり事故や病気に見舞われました。実はぼくが代用教員として赴任したのは、重病に襲われた教員の穴を埋めるためでした。この方も脳溢血で倒れ、危うく死から逃れたのです。
あまりに不審なことばかり相次ぐので、ついに近郷で最も由緒正しい寺の僧侶から、お経をあげてもらいました。もちろん教務室で校長からはじめ、教員が居並ぶ中でです。仏教で正式の言い方があるかも知れませんが、そのさい御祓をしたとのことです。
その後しばらくして一度だけ不思議な事故が起こったそうです。これは校長とその他同僚の何人かの教員同志の内輪の飲み会の帰りがてらのことです。校長とある先生の身の上に降りかかりました。ぼくはその先生から聞いたのですが。
まだ、春とはいえ、寒い夜で、除雪した道路は道幅が充分にあり、路肩の脇には雪がうずたかく積もっていました。その先生は対向車がなぜだか分からないけれど、こちらにぶつかる予感がしたのだそうです。振り返って傍らの校長に叫ぼうとすると、どういうわけか、車が突然二人の方に向きを変えて突っ込むのが視界の隅に見えました。「クッイとまるでわざと突っ込むように」とその先生は教えてくれました。普通なら大けがをしかねないはずなのに、二人は「ぽーんとはねあげられて、怪我もなくふんわりと雪の上に寝そべっていたんだ」そうです。事故を起こしたドライバーは飲酒運転も居眠り運転もしていたわけでもないのですが、なぜそんなことが起きたのか覚えていないのです。もっとも事故を起こしたその瞬間を忘れることがよくあると聞きますが。いずれにせよこれを最後に幽霊の話は下火になっていきました。
ところで、一度だけぼくがこの学校に行ってから幽霊騒動がありました。それは夕方白いものが校内でふわふわするのを見た生徒が相次いだからです。「また幽霊か!」となりかけました。しかしこれは家庭科の先生から許可を得て学校の洗濯機で洗いものをしていたぼくの姿を見間違えただけのことでした。後で判明して大笑いになりました。
幽霊騒動に拍車をかけた理由の一つにこの学校の敷地が墓地だったことが挙げられます。一度草取りをしていた生徒の一人が人間の歯と骨のかけららしきものを拾ってもってきたことがあります。その気になれば敷地のあちこちから掘りだせたはずです。
関連して思いだすのが、校舎の建築とあいまって植えられた桜の太さです。50年ほど経つのですから、かなり太くなっていて当たり前なのですが、しかしそこの桜の幹の太さは、通常の2倍はあると言われ、それもみな当時土葬だった死体から養分を吸収し、成長したと囁かれていました。新校舎への移転に伴いこの桜の並木も切り倒されましたが。
今でもあの警備員さんのことを懐かしく思いだします。
by BigBrother
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