「ちょっとまたまた酒の肴考」 1998.9.23

 年をとるにつれ、嗜好は次第に変化してきています。とはいっても、まだまだ、赤ワインをぐいぐい飲みながら、血の滴る分厚いステーキを頬張りたい口ですが。

 それでも前にもまして野菜が美味いと感じるようになりました。自分には合わないと口にしなかった野菜でさえを案外平気になりました。もっとも、たいていのものは口にしていましたけれど。

 そんな数少ない苦手なものに茗荷があります。そろっと時期を終えようとする茗荷は、7月頃より店頭に並ぶ典型的な夏野菜です。

 以前は茗荷はシバ漬け以外てんで駄目といったありさまでした。これが今では酒の肴としてそれなりに有難く頂戴できるようになりました。

 こんな茗荷初心者の作る肴は、極めてシンプルです。茗荷を千切りに刻み、冷水にさらした後、充分水気をきって小鉢に盛りつけます。この上に花かつおをたっぷり散らすだけです。後は醤油を注いで、箸をつけることが残っているくらいです。

沖津要編講談社文庫「古典落語(大尾)」の「茗荷宿屋」

 さて、茗荷を食べると物忘れをするという俗説があります。それで思い出すのが、落語の「茗荷宿屋」です。

 ご存知「茗荷宿屋」は傾いた宿屋の夫婦が、泊り客から預かった大金を何とかせしめるために、件の客が大金のことをすっかり忘れたまま旅立つように、茗荷尽くしの料理を食べさせるという、なんとも奇妙な落語です。この枕で何故茗荷が物忘れと結びつくのかのいわれをやっているのですが、それが実に面白いのです。聞いたところでは、あの博覧強記にして大天才の南方熊楠がその出典を万巻の書を繙いても分からず、捜しあぐね、ついに降参したというのです。

 そんなことをあれこれ考えながら、初秋の夜の虫の声の中で、ゆっくり酒を酌みましょう。以前は殆ど駄目だった茗荷ですが、そのはりはりとした硬質な食感が実に小気みよく、爽快な風味が口中に広ってゆきます。薬味として重宝されるのが首肯されます。日本酒によくあう一品です。

 むかし、釈迦のお弟子に、槃特(はんどく)というかたがおりました。

 このひと、まことにものおぼえがわるく、なにを教えてもすぐにわすれてしまいます。はなはだしいときには、自分の名前をわすれてしまうというくらいでございます。しかるに天竺では、施行と申しまして、坊さんが托鉢にでかけます。いずれも頭陀袋を首へかけ、鉄鉢を持ってあるきます。ところが、この槃特は一銭の合力(金をもらうこと)もえられません。どういうわけかと申しますと、施行をしてあるくときに、(中略)自分の名前を忘れてしまい、いうことができません。そこで、「ああ、これはお釈迦さまの弟子ではない、乞食坊主だ」というので、まるっきりお布施がございません。

 お釈迦さまも、これをあわれみまして、のぼりをこさえ、これへ槃特とおしたためになりまして、

「さあ、あしたから、これをしょってあるけ。名前をたずねられたら、これでございますと指さしをせよ」

 と、いってくれましたから、槃特は、よろこんで、のぼりをしょって唱名をとなえながら托鉢にでかけました。(中略)

 この槃特が亡くなりまして、その墓のわきへはじめて生えた草を天竺では槃特草と言い、日本では茗荷と申します。文字というのは理詰めなもので、茗荷とは名を荷(にな)うとかきます。そこで、茗荷を食べると、ものをわすれるというんだそうでございます。(後略)

=沖津要編講談社文庫「古典落語(大尾)」の「茗荷宿屋」より=

by BigBrother

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