姉崎正治「法華経の行者日蓮」講談社学術文庫  1998.11.2

 お釈迦様のありがたい教えが説かれているものが、お経なわけです。お経は実に膨大な量にのぼりますが、すべて仏滅後、遙か後世に成ったものばかりです。なかには歴史的な人物としてのお釈迦様の姿をとどめものもあるといいますが、多くお経はお釈迦様の精神に即しつつも、大胆な考えが述べられたものもあるのだ、特に大乗仏典においてその傾向は強いのだと、学校で習いました。

 つまり、お経には釈迦様自身が語られたものとほぼ考えていいものと、後世の仏教徒がその属する宗派の立場で編纂したもの、極言すれば偽作したものがあるわけです。

 お釈迦さまの死後、インドで最初にお経が結集されて以来、13世紀のイスラム勢力のインドへ侵攻によって、仏教が衰亡し、あるいはヒンズー経に吸収されるまで、数々のお経がそれぞれの宗派によって形成されました。もっとも、3世紀から4世紀までにはほとんどのお経ができ上がっていたそうです。その後は密教系のお経がぽつりぽつりと編纂されたのだそうですが。つまりお経全体はまったく歴史的なつぎはぎだらけの構成物なわけです。

姉崎正治「法華経の行者日蓮」講談社学術文庫 表紙

 このように、現在では仏教の歴史を知ることによって、お経を相対的なものとして捉らえることができるわけですし、お経間のまったく相反する内容も、それぞれの仏教徒が自らの都合でお経に忍び込ませたのだと、理解できるわけです。

 しかし、仏教が伝わった中国ではこれらの様々な立場で編纂されたお経が一挙に伝わってきました。そこで一体どのお経が、また教えがお釈迦様の真意なのかが、大問題になるのです。このため、お釈迦様の本意を明らかにする教相判釈、略して教判が中国で起こるのですが、これは歴史的な視点をまったく欠き、すべてのお経がお釈迦様の成道後から、沙羅双樹のもとで涅槃に至るまでの一代の説法だとしてしまっていますから、奇々怪々のバロック的な議論を生みだすことになります。

 つまり歴史的見地からすれば、お釈迦様の真意は、浄土三部経にあるとか、法華経にあるとか、大日経あるいは金剛頂経にあるとか、を議論すること自体無意味ともいえるわけです。もちろん信仰としては意義のあることでしょうが。

 こうしたことが頭にあるため、日蓮が法華経を第一に掲げるのは私にはあんまりピンときません。もっとも姉崎正治によれば、日蓮の法華経の解釈は、中国天台大師智ぎの法華経理解の範囲にあるそうです。それからすれば、正統な法華経信奉者ということになるわけです。

 日蓮を特徴づけるのは、思想のオリジナリティというよりむしろ、激越なまでの宣教の態度です。「法華経の行者日蓮」の中の、日蓮の言葉と、これを更に述べた姉崎正治の次のくだりを読むに至っては、まったく仏教の精神とはかけ離れた狂信の熱に驚くばかりです。

     不殺生戒と申すは、是の如き重戒なれども、法華経の敵になれば、此れを害するは第一の功徳と説き給う也。(秋元御書)

    例せば殺生戒は仏誡の第一であり、生物を残害しないのは道徳心の発端である。それにしても謗法の者を懲罰するは、法華行者の義務であり、いかに折伏してもこれに応じない者は、これが一命を断つとも已むを得ない。これかえって真の慈悲である。この意味からいえば、謗法者を殺すのは、法華経主義からいえば、不道徳でないのみならず、かえって大道徳になる。

 蒙古の日本への侵攻に対する日蓮の態度にも、ニーチェが唾棄するほど嫌悪したルサンチマンの影が色濃く漂っているように思えます。

 こうした一連の日蓮の偏狭にしかおもえない信仰態度にはついていけないという思いを抱いてしまいます。

 しかし、私がこの「法華経の行者日蓮」を読んでつくづく感心したのは、人と人との出会い、あるいは支え合いということです。おそらく、この「法華経の行者日蓮」の読み方としては間違っているのだと思いますが。日蓮が佐渡へ流罪とされたさいにも、彼をあわれむ人によってずいぶん助けられています。もちろん日蓮に人を惹きつける魅力があったからだと思いますが。大人物であることは、疑うことはできません。

 日蓮が酒を嗜んでいたのはちょっと驚きでした。

     〜前略〜この十余日は、すでに食もほとをど止まりて候上、雪はかさなり、寒はせめ候。身のひゆる事石の如し、胸のつめたき事氷の如し。然るにこの酒はたたかにさし沸して、霍香をはたと食い切て、一度のみて候へば、火を胸にたくが如し、湯に入るに似たり。〜後略〜(上野殿母尼御前御返事)

 この「法華経の行者日蓮」は、私にとって日蓮その人というよりも、日蓮が宗教活動を行なっていったさいに、いかに多くの人々に支えられたか、つまりたとえどんなに傑出した人物であろうと、他人の支えなくしては何事も成し遂げられないのだ、ということを教えてくれた一冊でした。

by BigBrother

 [TopPage] [New] [BigBrother's Room] [Book]