「矢沢宰=その2=」 1999.2.13

 大家さん。こんちわっす。最近詩に、ポエムってやつに凝ってるんですがね。そのことでちょっと物知りの大家さんと話してみたいんですがね。
 おい、何だね、熊、この前は美術館だといっていっていけれども、今度は詩かい?まあ、お前のことだからおおよその察しはつくけれどね。
 まあ、今度のレコが詩が好きでしてね。
 そんなところだと思ったよ。それでどんことだい?
 矢沢宰ていう詩人がいるんですが、その少年という詩なんですがね。
 どらちょっと読ませてごらん。


           =少年=

      光る砂漠

      影をだいて

      少年は魚をつる


      青い目

      ふるえる指先

      少年は早く

      魚をつりたい

 どうです、難しいでしょう?
 うーん、いい詩だね。
 え!大家さん分かるんですか?
 おい、熊や、詩は分かるもんじゃないよ、感じるものなのだよ。
 さすが、だてに長生きはしていませんや、いいこと言いますね。ですが、ちょっとお聞きしますが、「光る砂漠」ってどういうことですかね。
 まあ、海面が光を受けてきらめいているのを砂漠に見立てているんだね。
 ああ、そうなんですか、てっきり砂漠で魚を釣ろうとしている変な子供の話だと思っていましたよ。じゃ、「青い目」ていうのは?
 空や海の色を映しているのかもしれないし、一昔の若者が「ブルーな気分」て言ってただろ、そうしたことを表しているかもしれないし、砂漠のイメージは異国だから、それに対応しているのかもしれないし、こうした全部をひっくるめているかもしれないね。
 今度はぐっと曖昧になってきましたね。
 そんなもんさ。大体、これはまったく詩人の心象風景だと考えていいんだよ。
 大家さんずるいや。シンショウフウケイなんていう英語で答えをはぐらかさないでくださいよ。
 別にごまかしているわけじゃないよ。矢沢宰が心の中で感じたことを述べているんだよ。
 へーえ。てことは光る砂漠は「シンショウフウケイ」ってことになるんですか?
 そうとも言えるね。「光る砂漠」は詩人の心そのもののような気がするんだ。心こそまったく広漠として砂漠にも似ている。しかし、その光栄ある地位はこの世界で群を抜いてるから光るのさ。そしてまた、心は海の底で魚が泳ぐように、本人も気づかぬ間に秘かに育まれたさまざまな想いが潜んでいるのさ。少年が釣り糸を垂れている姿は、自分の影の他は向かう合うものもない絶対の孤独の中で、恐れと戦きをいだきつつ、心の中からもっとも価値ある魚を引き上げようとしている詩人その人の姿だね。本当に心は不思議なものだ。美であり、醜であり、善であり、悪であり、愛であり、憎悪であり、狂気であり、智慧であり、暗愚であり、歓喜であり、憂愁であり、なんででもあるから、なんででも無いとも言える。ある人はそこから悪魔を引きあげるだろうし、またある人は神を引きあげるだろう
 そんなもんですかね。
 もちろん、これは俺の解釈だね。詩は読む人によって一番良い読み方があるのさ。
 それを聞いて、安心しましたよ。
 そうそう、詩を読むなんてのにこれが正しいなんてのはないんだよ。
 「考えるな、感じるんだ」ってことですよね。

by BigBrother

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