第18回 悠久山 薪能 1998.6.25

入場券 会場出入り口
18回目
 平成10年5月31日()、午後5時15分より悠久山の相撲場特設舞台にて薪能が行われました。悠久山薪能は昭和56年を第1回として今年で18回目の開催です。第1回は8月、2回目からは5月下旬に開催されています。

近年
 能は戦前には明治から盛んになってきたということです。長岡は終戦で焼け野原となりそれどころではなくなりましたが、青年会議所が中心に本当の舞台をということで18年前に悠久山の自然の中で復活したことになります。長岡の千秋ヶ原に昨年オープンしたリリックホール会館のこけら落としは能で行われたということです。
悠久山の相撲場特設舞台
特徴
 一週間程前に放映されたTVでは、足袋を履いている、幕(緞帳)が無い、お面を付けることなどを主な特徴として紹介していました。舞は歩数などがきっちりと決まっているので極端な事を言えば目をつぶっていても踊れる事になるそうですが、それは練習をつんだ後のお話し。面を着けると大変視界が狭くなり、慣れないうちは4本の柱が頼りになるそうです。

素
謡「翁」 当日
 薪能の当日ですが、日中は晴れて暖かかったことから薄い長袖一枚で出かけました。開演の10分前に会場に到着したため席は余り良くありませんでした。舞台を横から鑑賞した事になるようです。観客は20前後の若い人もいましたが、40代前後の女性が多かったようです。日が沈むと半月がぼんやりと見える程度の薄い雲が出て肌寒くなりました。上に羽織るものが必要だったようです。

素謡「翁」
5:15、開演を知らせる太鼓の音が鳴ると暫くして舞台右側の観客席通路から紋付き袴姿の男の人が10名ほど現れて舞台へ上りました。翁で能を始めるのがしきたりとなっています。座って深い礼が大変印象的でした。5:30に退場し、次の清経の笛の音が鳴り出した。

能「清経」 能「清経」
 5:30、翁と同様に先ず笛、太鼓、地謡(じうたい)が観客通路から登場し舞台の片すみに列座します。その後、清経の妻が登場します。妻は終了まで正座していました。5:55、清経の亡霊が現れます。面の関係か少しこもったような声で妻とのやり取りを起こった後は20分以上、清経の程舞になります。6:05頃から動きが大きくなり、舞台の前の方まで出て足で何度か舞台を叩く振りで感情の高ぶりを表現している様子でした。さらに、6:15から扇子を広げての舞いとなり、6:27に清経が終了しました。

火入れ之儀 火入れ之儀
6:35、辺りが薄暗くなってきました。蒼柴神社宮司、松明を持った巫女二人、そして薪の火を調整する紋付き袴の男性が数名観客席の後ろから入場してきました。そして舞台下の三ヶ所に用意された薪に火が点されました。まだ明るく少ない煙が目立ちましたが、屋外での催しの雰囲気がでます。

狂言「宗八」 狂言「宗八」
 6:40、料理人と偽って職にありついた元坊主と坊主と偽って職にありついた元料理人のやり取りが分かり易く表現されています。お経を読む様子などはオーバーで会場でも殆どの人が笑っていました。

仕舞「鵺」 仕舞「鵺」
 7:13、仕舞は服装が紋付き袴で扇を持って能の舞だけを純粋に舞ったものです。鵺は頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似ていたという伝説上の怪物。私はどんな怪物が登場するかと一人で期待大でしたが、非常に地味だったので残念でした。

能「船弁慶」1 能「船弁慶」
 7:20、最初から舞台には役者が4人登場しました。義経、弁慶、従者二名です。今までは多くて役者は二人でしたから舞台の上が狭く感じます。7:30に静御前が登場し、30分近く舞ました。義経役は若い女性が演じていた様です。一人高い声が印象的でした。

     能では義経の役を子供が演ずる決まりである。愛人のいる役に子供とはいかにも不自然のように思えるが、舟弁慶のような筋立てのはっきりした劇的な能では子供を使うことによって芝居にならないように配慮した(らしい)。しかし子供の愛らしさがむしろその違和感を消すとともにかえってシテを引き立たせるすぐれた演出になっているのでなかろうか。-----当日配られてパンフレット より-----

 8:05、船頭が船の外形をかたどった枠を持って登場します。限られた舞台の上では色んな小道具が登場するようです。舟の上では船頭が波の様子などを演技によって表現していました。
能「船弁慶」2  8:17、船上に平知盛の亡霊が登場します。薙刀を振りかざし義経に迫り緊迫します。義経、弁慶が応戦します。
能「船弁慶」3  8:25、亡霊が去り、船弁慶が終了し、終演となりました。
(右の画像は舞台裏へ戻る役者、一番後ろは船の枠を持った船頭です)


一度くらいは
 薪能はもちろん、能もTVでの放映をちょっと見たことが在るだけでした。暗くなってから薪の明かり、煙、音などがなかなかの雰囲気を出していましたが、狂言は分かり易いのですが、能の敷居が高いという印象は、今回の薪能をみてもあまり変わりません。CGで駆使された映画とは違う。衣装、限られた舞台の上での表現など・・・一度くらいは見ておいて宜しいのでないでしょうか。

---- 参考 ----         
NST「悠久山薪能への誘い」  
岩波書店「広辞苑」CD−ROM版
by SmallBrother

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