「デルス・ウザーラ」(1975)
1971年、モスクワ映画祭に、「どですかでん」を出品した縁により、日ソ合作がまとまる。のちに映画の全権を黒沢明に委ねるかわりに、ソ連映画として配給された。撮影は3年に及ぶ。1976年度のアカデミー賞最優秀外国映画賞、モスクワ映画祭金賞、国際映画批評家賞等を受賞。
同名著書の映画化です。もっとも平凡社の著書は「デルスウ・ウザーラ」とされています。この「デルスウ・ウザーラ」は名著の評判が高いにもかかわらず、かって長らく品切だったことがありました。現在は平凡社の東洋文庫の一冊として入手可能ですし、極最近では河出書房新社から文庫サイズとして出版されました。
「デルスウ・ウザーラ」が重版されたのは7、8年前になります。その際読んだ筈なのですが、あらかた忘れていました。ただ映画のストーリーは原作とかなり違うような気がしたので、原作を引っ張り出してざっと目を通してみると、脚本は原作のつぼは押さえているものの、挿話の順を自由に組み変えているのです。そのことは、映画ではデルス・ウザーラとの出会いから始まるのですが、原作ではゴリド人のデルス・ウザーラとの再会後の探検が語られているのです。すなわち、原作は映画の第2部における1907年のことを中心に語られているので、決して、映画に見られるように、1906年のことはな直接には言及されていないのです。「デルスウ・ウザーラ」の解説を読む限りでは、ハンカ糊を調査した1906年の紀行文は存在しないようです。ひょっとすると、そうした紀行文が存在しているのかも知れません。ただ、原作を読むと、映画の1906年のエピソードが1907年のエピソードから取られたものだという印象を受けますので、原作のエピソードから黒沢明監督が再構成した可能性が高いと思われます。もちろん、そうだからだといって、「デルス・ウザーラ」が「デルスウ・ウザーラ」の改竄であるということにはなりません。「デルスウ・ウザーラ」の上映時間は2時間半近くに及ぶ、大作であるのですが、登場人物は主人公のデルス・ウザーラと語り手で著者のアルセーニエフであると言っていいかと思います。原作も大部の割りには、登場人物がけっして多いと言うわけではありませんが、映画に比べて多くの人々が登場し、著者はこうした人々に言及しています。
黒沢明監督は多くのエピソードを大胆に借りこみ、精選したエピソードと黒沢明監督によって肉付けされたエピソードによって、主人公の人間像を生き生きと浮び上がらせています。例えば、前にも触れたハンカ湖の場面について言えば、映画ではデルスとアルセーニエフとが二人だけで調査へと向かった帰りに迷ってしまい、危うく凍死するところをデルスの機転で救われるという印象深い場面になっています。しかし、この場面の実際はさきほどのごとくですし、さらに言えば、原作の第14章の「苦しい行進」をかなり自由に肉付けしているようです。
映画はデルス・ウザーラとアルセーニエフ以外には最小限度の人物を取り上げるにしているようです。主要な登場人物がほぼ二人であるのは、ギリシア悲劇を連想させます。語り手のアルセーニエフの率いている調査隊はコロス(合唱団)の様に、合唱をします。この映画では、効果的に歌が使われています。デルスが死んだ家族を悼み、バラライカを弾きながら歌う場面もそうですし、第一部や第二部の終わりに使われる歌もそうです。「隠し砦の三悪人」の火祭りの場面で歌と踊りとが効果的に使われていたのを連想します。
最後にぜひとも、言っておかなければならないのは、風景が良く撮れていることです。こうした作品にありがちなことなのですが、大自然の前に、人間という存在が卑小になってしまい、素晴らしい自然の紹介に終始するか、あるいは、子供騙しの火気割りの自然を見せられるかに、終始してしまう結果になるのが落ちなのですが、この映画にかぎってはそういうことはありません。自然描写と人物描写のバランスの良い映画なのです。この映画は一見の価値は十分に在ります。いや、あえて必見であるといいましょう。
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